「写真と江東」
波郷と江東歳時記
砂町文化センターが毎年開催している「こども江東歳時記」は、戦後に砂町で暮らした俳人・石田波郷にちなんだ俳句と写真のコンテストです。初回から写真部門の審査をしていますが、石田波郷記念館に何度か通っているうちに審査員の話をいただいたので、波郷が結び付けてくれたのかもしれません。
波郷の俳句は有名ですが、実は写真好きで、まちのスナップを撮っていたとは、記念館を訪れるまで知りませんでした。所蔵写真を拝見したら、サンダル履きで近所に出向いて撮ったようなイキイキとした写真で、市井の人々と日常がきちっと表れています。
波郷が読売新聞で連載した『江東歳時記』は、昭和30年代の江東5区の人や風物が写真と俳句と散文で紹介され、非常に見応えがありますね。波郷のみならず読売写真部も関わっているので、良い意味で世相を切り取ったドキュメントとなっています。
私も酉の市などの年中行事によく出かけますが、だんだんその意味を知らない人も増えているわけで、これは伝えていかなくてはと思っています。季節の中にある情感のようなものは大事にしたい。
写真は不思議で面白い
江東区を撮った写真家の中には、日本を代表する土門拳、木村伊兵衛もいます。こどもやお正月などを写したスナップショットからは、ほのぼのとした時代が見えてきます。
私が写真をやってみようと具体的に思ったのは、清宮由美子さんの写真集『日本のどこかに』(昭和36年発行)を、高校生の時に神田の古書店で発見したのがきっかけです。私が生まれ育った今の森下3丁目、昔は深川高橋3丁目といった労働者が多い簡易宿泊街を、ひとつのルポルタージュとして撮った写真集でした。暮らしぶりやこども、労働者、わが家も写っていて、とても親近感を覚えました。
タイトルの通り、社会のひずみを訴えるような写真集で、決して裕福ではなく、皆が肩を寄せ合いながら暮らす姿が写っています。確かにそんな暮らしでしたが、自分の実感としては、このまちの人たちはもっとイキイキとしていて、明るくエネルギッシュでした。この時、写真って不思議で面白いなと思いましたね。いろいろな表現ができるのだと。
以来、自然にまちを歩いてまちを撮るというスタイルになりました。まちは面白いぞ、という思いは今も昔も変わりません。
発見を写真で表現して
「こども江東歳時記」の応募作品を審査して感じるのは、写真を撮ることにもっと夢中になってほしいということです。俳句の季語であるセミや風鈴、アイスクリームなど、そのものスバリを撮っていて、ちょっと単調な作品が多いのです。逆に人物写真は極端に少ない。
今はスマホで何でも撮れる時代で、皆さんは当たり前のように写真を撮りますが、ものをよく観察すると、そこから見えてくる光と影、質感や色など、様々な発見があるはずです。所属する日本写真家協会の活動には小学校向けの出張写真教室がありますが、写真の良さを教育体験の中に入れてほしいという願いもあります。
以前、砂町文化センターのイベントで、小学生と砂町銀座を歩いたこともありました。商店街の会長さんに挨拶して、好き勝手にぬかみそや飾りを撮ったりしてね。そんなことをまたやりたいですね。
(聞き手/片山祐子)
プロフィール
大西みつぐ(おおにしみつぐ)さん
写真家。1952年東京深川生まれ。1970年代より東京下町や湾岸の人と風景、日本の懐かしい町を撮り続けている。1985年第22回太陽賞。1993年第18回木村伊兵衛写真賞。2017年日本写真協会賞作家賞受賞。2017年自主映画監督作品「小名木川物語」を公開。現在、日本写真家協会会員、日本写真協会会員、ニッコールクラブアドバイザー、全日本写真連盟関東本部委員。